赤生津・安部氏の出自を尋ねて

衣川安倍氏から葛西家臣、没落後の帰農、そして伊達家臣へ再起を果した赤萩・赤生津安部一族を追っています

2021-04-17から1日間の記事一覧

1590年鉄砲など近代戦に熟練した奥州仕置軍、一揆に対する再仕置の厳酷さ

葛西4百年(266頁) 秀吉は、占領地に対し厳重な検地と刀狩を発布。「山の奥、海は櫓櫂の続くまで、念入りに行い、いうことをきかない場合は、撫で切りにせよ」と徹底した。 葛西4百年(274頁) 反乱に組した者全員を誅殺して一揆は鎮定した。秀吉にしては、…

研究を始めた4代安部将監を祖とする長根屋敷

長根屋敷安部家では、郷土史研究家が課題としていた伊達世臣家譜にある葛西氏家臣の赤生津安部の祖 安部小次郎の存在について、本格的な研究をすすめました。 当家は教育や地方自治など他分野にわたり地域に貢献されています。 ▼安部精蔵 生母村長 16代 大正…

御家断絶の危機に「安部小次郎」から「安部十郎左衛門」に改名はありうるか?

「安部小次郎」から「安部十郎左衛門」を同一人物と仮定すると生没年は次のとおりです。 安部十郎左衛門義澄 = 安部小次郎重綱 推定生年1568年 推定没年1638年 【年齢推定の基準としたもの】 ①4代「安部将監(赤生津)」の生年1625年から世代間年齢19歳で初…

北上山地の砂金

川底に黄色に輝くのが砂金。今でも江刺の山地でも砂金は見られます。 明治、大正と国営、民間企業が採掘してきました。民間人は立ち入りできないことから、キリシタンが潜伏することが可能であり、米里にはキリシタンの町ができました。

畑屋敷墓碑から浮かび上がる赤生津安部祖

安部家旧墓地には約40から50基の墓と五輪塔が2基あります。初代十郎左衛門(推定1838卒)から16代幸蔵氏(昭和18年3月5日卒)までの先祖の霊が眠っております。 五輪塔の詳しい言い伝えはありませんが、武士であった初代、キリシタンを弔ったものではないか…

金鉱山を経営した安部小次郎系「阿部随波」もまた切支丹か

一関市山目の龍澤寺に眠る事業家の阿部随波の墓碑であります。 卍は、切支丹改宗者に記される墓字といいます。 「伊達世臣家譜」に、安部小次郎重綱の孫讃岐が伊達家に仕え、讃岐の孫が小平治重貞とあります。小平治が即ち伊達家に一万五千両を献金した富豪…

金鉱山で働いた東山町の田河津キリシタン