赤生津・安部氏の出自を尋ねて

衣川安倍氏から葛西家臣、没落後の帰農、そして伊達家臣へ再起を果した赤萩・赤生津安部一族を追っています

畑屋敷安部家系図と生没年

畑屋敷安部家の系図は、2代から12代までは、「磐井郡東山南方赤生津村代数有之御百姓書出」、百姓名簿を掲載した岩手県史4、岩手県姓名辞典(390頁)により掲載と一致しており、13代からは戸籍により証明されている。しかしながら、初代は、他地域から赤生津に移住したため、系図にあっても、百姓名簿には登載されない。また、生没年は、戒名など消失のため推測される年齢を記した。4代将監の組頭年齢が史料【岩手県史4・799頁 (延宝3 長根51将監)】にあることから、「将監の生まれ年1625年」をもとに、戸籍で確認できる13代専臓の間を平均で生没年を表した。1代から3代も同様に平均値から推定年代を算出した。なお、戸籍で確認できる14代から17代の世代間は23年、享年の平均は71歳である。

 

名前 根拠 生年 没年 世代間差 享年
初代 十良左衛門義澄 推定 1565 1635   70
2代 十郎左衛門(市良左衛門義里) 推定 1585 1655 20 70
3代 兵庫(十良左衛門義則) 推定 1605 1675 20 70
4代 将監(惣右衛門) 組頭年齢から寛永2年 1625 1695 20 70
5代 兵部(三四良) 推定 1645 1715 20 70
6代 孝内 推定 1665 1735 20 70
7代 三左衛門 推定 1685 1755 20 70
8代 四良(郎)兵衛 推定 1705 1775 20 70
9代 孝内 推定 1725 1795 20 70
10代 孝内 推定 1745 1815 20 70
11代 幾太郎 推定 1765 1835 20 70
12代 幸内 推定 1785 1855 20 70
13代 専蔵 戸籍から 1807 1887 22 80
14代 幸治 戸籍から 1824 1891 17 67
15代 四郎兵衛 戸籍から 1846 1920 22 74
16代 幸蔵 戸籍から 1867 1943 21 76
17代 夘助 戸籍から 1901 1970 34 69
18代 嘉雄 戸籍から 1915 2009 14 94
19代 戸籍から 1942 1990 27 48
      14~19代平均 23 71