赤生津・安部氏の出自を尋ねて

外史による新たな前九年合戦(1051年)伝説発掘と、白鳥舘の安倍頼時七男「比与鳥七郎」その妻「列女」を顕彰する

安部外記介が務めた佐沼城(登米)。白鳥村照井舘の照井太郎が築く

 

 

 

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登米市/【迫町エリア】佐沼城「鹿ヶ城」 (city.tome.miyagi.jp)

佐沼城は、平安末期の文治年間、平泉の藤原秀衡(ひでひら)の家臣、照井太郎高直(てるいたろうたかなお)によって築かれたと伝えられており、築城の際、鎮護(ちんご)のために鹿を生き埋めにしたことから、別名「鹿ヶ城(ししがじょう)」とも呼ばれています。照井氏の後は、葛西氏、大崎氏、津田氏、亘理氏へと城主が変わり、明治4年(1871)の廃藩置県で廃されるまで、680年の歴史があります。

安部小次郎偽文書とどう向き合うか

以前より学芸員の方々より指摘されていた赤生津住民宛「安部小次郎宛葛西晴信感状」の偽文書について、真剣に向き合うべき時期がきたと感じています。岩手県史、前沢町史、市町村史にあるから100%信用できるというものでもなさそうです。偽文書の研究も並行して行うべきだと感じました。

 

河北新報石巻市の「奥州仕置展」が取り上げられ、なにげなく見た写真の中に「安部小次郎感状」がありました。偽文書の解説のようです。

 

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奥州仕置、意義を再評価 石巻市博物館でテーマ展 来月21日まで | 河北新報オンラインニュース / ONLINE NEWS (kahoku.news)

 

誰がどのような目的で作成したのでしょうか。もう少し調べてみるべきです。