赤生津・安部氏の出自を尋ねて

外史による新たな前九年合戦(1051年)伝説発掘と、白鳥舘の安倍頼時七男「比与鳥七郎」その妻「列女」を顕彰する

前沢古城(旧小山村)の阿部家は「藤原泰衡の実子」(系図は県史にも公表)。一関の泰衡実子とは別の兄弟。

 

【旧小山村本郷 先人達の足跡 55】

 

 

【著者】

古城の明後沢遺跡の南下100mの雑木にうもれるように石碑があるという。現在の地主もはっきした場所がわからないらしい。明後沢遺跡は昭和30年代に発掘され、藤原時代の瓦なども出土。中尊寺の寺領ともいわれる場所にある。近辺の地名が寺領。

 

 

明後沢は、胆沢の高地から前沢の低地に急に流れる沢の集落。隠れるように水田があり、その沢周辺に阿部家が多い。総本家ともいわれる阿部家には門外不出の系図があり、代々当主しか見られないもの。昭和30年年代の明後沢遺跡発掘の際に、調査員により系図が発見された。