囊塵埃捨録
烈女が淵
白鳥舘の東。山際北上川の岸通りなり。前九年の闘戦に。貞任が一族郎等討死降参して。所所の城柵攻抜れ。此白鳥舘も敗亡す。則任が妻女義を(騙)勇に募て。尊父則任未練を發させじと。三歳になりける女兒を抱て。加美川(今の北上川)水の深みに。身を投て底の滓と成りたり。辭世の一首に。
今ぞ知る涙に濡る衣川身は流る共名をば流さし此妻女は。往昔當國へ左迀なりし。土師ノ中納言敏素の息女なり。一門不ㇾ殘討死す。其妻多くは頼義将軍召出して諸軍勢に賜る。是に仍て偕老の尊父に棄られ。甲斐なき命助りにて。思はぬ人と比翼の枕を並べ。心に染ぬ鴛鴦の衾を重ね。辱を受けたる中に。一個烈女の名を殘し、貞潔の義を立てるは。則任の妻女なり。依て列女が淵と云と在り。